再建された天守を見て、「昔の天守と、どのくらい似ているのだろう」と感じたことはありませんか。各地の城を訪ねる中で、私は天守の見栄えに加え、その姿が何を根拠に再現されているのかにも興味を持つようになりました。
この記事では、古写真や絵図・図面などで確認できる往時の姿と、現地で見た再建天守を照らし合わせ、外観を中心に「復元度」を考えます。建っている位置や規模にも目を向け、木造か鉄筋コンクリート造かといった構造の違いも紹介します。
本稿のランクは、こうした観点から付ける筆者独自の評価です。あわせて、景観の美しさや写真撮影の楽しさなど、実際に訪ねて感じた城旅の魅力も紹介します。
復元・復興・模擬天守の区分
再建された天守には、「復元天守」「復興天守」「模擬天守」という呼び方があります。一般には、史料に基づいて往時の姿を再現したものを復元天守、推定や変更を加えて再建したものを復興天守、かつて天守が存在した確かな資料のない場所などに建てられた城郭風建築を模擬天守と説明します。ただし、分類の境界や呼び方は、資料や施設によって異なる場合があります。
また、外観の再現と、材料・構造の再現は分けて考える必要があります。古写真や図面をもとに外観を再現し、内部を鉄筋コンクリート造の展示施設とした天守もあれば、柱や梁などの内部構造まで木造で復元した天守もあります。外観が往時に近いかどうかと、当時の建築構造をどこまで再現しているかは、それぞれ確認したい点です。
本記事では、史料で確認できる姿と現地の建物を比べ、外観を中心に、位置や規模も含めて復元度を評価します。景観の美しさや見学の楽しさについては、訪問時の感想として併記します。分類の詳しい説明は、関連記事「天守とは何か? 現存・復元・復興・模擬天守の違い」もご覧ください。
関連記事「天守とは何か? 現存・復元・復興・模擬天守の違い」はこちらから
再建天守にランクをつけてみた
ここからは、再建天守の復元度を、筆者独自のA〜Fランクで紹介します。評価の中心は外観で、次の三つの観点から判断します。
・再現の根拠となる史料:古写真、絵図、図面、発掘調査の成果などから、往時の姿をどの程度確認できるか。
・外観の再現:屋根の重なり方、破風の配置、壁の仕上げ、窓や高欄などが、史料で確認できる姿にどの程度近いか。
・建つ位置と規模:かつての天守の位置や天守台との関係、建物の大きさが、確認できる史料とどの程度一致しているか。
本稿では、外観の復元度を評価の基本とします。そのうえで、外観をAランクと評価した建物のうち、史料に基づいて内部の木組みや構造も木造で再現したものを「A⁺」として区別します。A⁺では、外観の再現に加え、往時の建築構造を体感できる点も評価しています。また、改修によって外観が変わった城は、改修前後を区別して紹介します。
各ランクには、史料との比較に加えて筆者の判断も含まれます。確認できる事実と個人的な見解を区別し、景観の美しさや写真撮影の楽しさ、内部見学の感想も添えて紹介します。
復元度A⁺ランク|史料に基づく木造復元
外観の復元度を高く評価した建物のうち、資料に基づいて内部の木組みや構造も木造で再現されたものを、この区分で紹介します。
対象は、大洲城、白河小峰城(三重櫓)、白石城(三階櫓)、新発田城(三階櫓)です。本稿では、天守に加え、これらの天守に相当する役割を担った「天守代用櫓」も比較対象に含めています。

写真は大洲城の天守です。現在の四重四階の天守は、明治時代の古写真や、江戸時代の「天守雛形」と呼ばれる木組み模型などをもとに、2004年に木造で復元されました。往時の姿を確認できる豊富な史料に基づいて再現されていることを、私は高く評価しています。
天守に連結する高欄櫓と台所櫓は、江戸時代から残る建物で、国の重要文化財に指定されています。復元された天守と現存する二つの櫓を一体として見学でき、内部では柱や梁の組み方など、木造城郭建築の構造を間近に感じられます。
城下町から天守の遠景を撮影できることも、大洲城の魅力です。外観を眺め、内部の木組みを見学する楽しみがあり、再建天守に関心を持った方に、私がお勧めしたい城の一つです。
復元度Aランク|資料に基づく外観復元
史料をもとに外観が再現され、筆者が外観の復元度を高く評価した天守です。建物の構造には鉄筋コンクリート造などが用いられています。
対象は、会津若松城(鶴ヶ城)、和歌山城、松前城、外観改修後の備後福山城・大垣城です。
例えば備後福山城では、2022年の改修で、天守北側の鉄板張りや最上階の窓の形状などが復元されました。このように、再建後の改修によって往時の姿に近づけられた復興天守も、この区分に含めています。
復元度Bランク| 外観の細部に再現上の課題を感じた天守
古写真や絵図などをもとに、往時の基本的な姿が再現されている天守です。窓、壁、屋根などの細部に、筆者が再現上の課題を感じたものをBランクとしました。
対象は、広島城、名古屋城、熊本城、岡山城、福知山城、外観改修前の備後福山城・大垣城です。

写真は岡山城の再建天守です。戦災で焼失した天守の図面や写真をもとに、1966年に元の位置に再建されました。
私が外観の復元度で注目するのは、最上部の白壁と黒い下見板のバランスです。焼失前の古写真では、最上部の白壁が、下部の黒い外壁とは異なる表情を見せています。現在の天守では、この白壁が露出する範囲が古写真より狭く見えることが気になります。私は、黒い下見板と白壁の対比が外観のアクセントとなり、往時の天守の風格を引き立てていたと考えています。この部分の再現に課題を感じるため、外観の復元度はBランクとしました。
2022年の改修では、焼失前にはなかった出入口付近の窓がなくなるなど、外観を往時に近づける変更も行われました。こうした整備を評価しつつ、最上部の白壁と下見板のバランスについても、史料に沿った再現を期待しています。
復元度Cランク| 外観や再建位置に往時との違いがある天守
資料を参考に再建された天守のうち、往時にはない外観上の要素が加えられているものや、かつての天守とは異なる位置に建てられたものを、筆者の判断でCランクに分類しました。
対象は、小田原城、岡崎城、高島城、岩国城、尼崎城です。

写真は小田原城の再建天守です。現在の天守は、江戸時代の図面や模型などをもとに、1960年に鉄筋コンクリート造で再建されました。ただし、最上部には展望用の廻縁と高欄が加えられており、江戸時代末期の姿とは異なる部分があります。私は、史料をもとに往時の外観を再現しようとした点を評価しつつ、この変更を復元度の判断に含めています。
岩国城は、錦帯橋付近や麓からの景観を考慮し、旧天守台とは異なる位置に再建されました。尼崎城も、かつての天守とは異なる場所に再建されています。私は両城の外観を評価していますが、本稿では建つ位置も評価の対象としているため、Cランクとしました。
外観や位置に往時との違いがあることと、城を訪れる楽しさは、それぞれ評価したい点です。史料との違いを知って眺めることで、再建時に何が重視されたのかにも関心が広がります。
復元度Dランク|往時の外観の再現に大きな課題を感じた天守
史料に基づく再現の確かさや、再建時の変更が外観全体に与える影響を考え、Cランクより大きな再現上の課題があると筆者が判断した天守です。
対象は、大阪城、小倉城、島原城です。

写真は大阪城の復興天守です。徳川時代の天守台の上に、1931年、市民の寄付によって鉄骨鉄筋コンクリート造で再建されました。
設計では豊臣時代の姿を目指し、「大坂夏の陣図屏風」を手掛かりに、各地の古建築の調査成果も取り入れられました。ただし、当時確認できた豊臣時代の天守の史料は乏しく、推定を交えた設計となっています。私は、特定の時代の天守の姿を確実に再現した建物とは評価しにくいと考え、復元度をDランクとしました。
それでも、堂々とした姿と華やかな装飾には強く惹かれます。昭和に再建され、大阪の象徴として親しまれてきた天守そのものにも魅力があり、私の大好きな天守の一つです。
復元度Eランク|外観の推定や大幅な変更を含む天守
往時の外観を具体的に示す史料が限られるものや、史料で確認できる姿から重数や建物全体の形が大きく変更されているものを、この区分に含めました。現在の天守が生み出す景観や見学の魅力も紹介しながら、外観の復元度ではEランクと評価しています。
対象は、浜松城、岐阜城、岸和田城、長浜城、大多喜城、中津城、今治城、伊賀上野城、清洲城です。

写真は岸和田城の再建天守です。江戸時代の城絵図には五重の天守が描かれていますが、現在の建物は1954年に三重三階で再建されました。建設当初は内部を図書館として利用するために造られ、往時の五重天守の外観をそのまま復元したものではありません。
五重から三重への変更は、細部だけでなく天守全体の姿に関わるものです。この違いを重視し、私は外観の復元度をEランクとしました。
実際に訪れると、周囲の水堀と調和した姿が美しく、見栄えの良い天守だと感じました。岐阜城も、訪問時には山頂にそびえる姿に惹かれました。往時の姿との違いを知りながら、現在の天守が生み出す景観も楽しみたいと思います。

写真は夕景を背景にした長浜城の模擬天守です。市民の熱意と寄付によって建てられ、1983年に長浜城歴史博物館として開館しました。
長浜城に往時の天守があったことは確認されていますが、その詳しい外観を確実に再現できる史料は限られています。現在の建物は安土桃山時代の城郭を模したもので、かつての天守とは建つ位置も異なります。このため本稿では、外観の復元度をEランクとしました。
夕景に浮かぶ姿は美しく、撮影したくなる景観です。ただ、建物全体を見ると、私には望楼部分と下部の大きな入母屋屋根のバランスが気になります。造形上の好みとして、最上部の入母屋屋根を下部の大屋根と直交させる構成も見てみたいと思います。
復元度Fランク|往時の天守の復元に当たらない城郭風建築
往時の天守の存在を確認できないものなどを、この区分に含めています。観光施設や博物館として新たに造られ、史料に基づく特定の天守の復元とは異なる性格を持つ建築です。
対象は、唐津城、富山城、千葉城(千葉市立郷土博物館)、墨俣一夜城、熱海城です。
例えば唐津城では、往時に天守が建てられた明確な証拠が確認されておらず、現在の天守は1966年に文化観光施設として建設されました。墨俣一夜城も、当時の砦をそのまま再現したものではなく、天守の形をした歴史資料館として造られています。
唐津城と富山城については、私は外観の美しさを高く評価しています。富山城は1954年に建てられた昭和の建築として、国の登録有形文化財でもあります。史料による再現の根拠に加え、建物そのものが持つ歴史や、地域の景観を形づくる役割にも目を向けたいと思います。
なお、千葉城・墨俣一夜城・熱海城は未訪問です。これらは公開資料に基づいて区分しています。
再建天守に感じる城旅の魅力

写真は唐津城の模擬天守です。私は、周囲の景観と調和した外観を高く評価しており、城旅で写真に収めたくなる天守の一つです。唐津市の景観重要建造物にも指定され、地域の象徴として親しまれています。
再建天守には、失われた城の姿や地域の歴史に関心を持つ入口としての役割もあると思います。尼崎城のように、往時とは建つ位置が異なっていても、史料を参考に再建された外観を眺められることには、城郭ファンとして喜びを感じます。案内板や展示で再建の根拠や変更点を知ることも、城の歴史を理解する手掛かりになります。
再建にあたっては、建設費だけでなく維持管理や活用のあり方も考える必要があります。尼崎城では、個人から天守を建設して市に寄付する申し出があり、再建が実現しました。費用の負担や整備の方法は城ごとに異なるため、長く地域で親しまれる場所として続いていくことも大切だと考えています。
木造復元建築の期待
木造復元の魅力は、外観に加え、柱や梁の組み方から城郭建築の工夫を感じられることです。大洲城のように、史料をもとに木造で復元された建物を、これからも訪ねてみたいと思います。
城郭ファンとして木造で見てみたいのは、名古屋城、高松城、津山城、寛永期の江戸城、米子城の天守と四重櫓、福井城の天守、鳥取城の三階櫓などです。天守以外では、福岡城の武具櫓や仙台城の大手門の復元にも期待しています。
ただし、外観や内部構造をどの程度史料で確認できるかは、建物によって異なります。史料で確かめられる部分と、推定を含む部分がわかる形で復元されれば、見学する側も建物の姿とその根拠を合わせて理解できます。調査や研究を通じて、失われた城の姿に近づいていく過程にも関心を持ちたいと思います。
天守以外にも、史料や発掘調査をもとに復元された御殿や門、櫓が、城めぐりの見どころになっています。こうした建物にも目を向けると、城主が政治を行った場所や、城を守るための工夫など、城の役割をより広く知ることができます。
御殿建築の復元例には、名古屋城本丸御殿、熊本城本丸御殿大広間、佐賀城本丸御殿の一部を復元した佐賀城本丸歴史館、篠山城大書院などがあります。天守とは異なる空間や装飾にも、城郭建築の魅力を感じます。なお、熊本城本丸御殿大広間は、現在、復旧に伴い内部への立ち入りができません。
門や櫓では、鹿児島城の御楼門、鳥取城の中ノ御門を構成する表門と渡櫓門、金沢城の鼠多門、水戸城の大手門と二の丸角櫓などが復元されています。門の構えや櫓の配置を眺めながら、往時の城内への道筋や防御の仕組みを考えることも、城旅の楽しみです。
これから、どのような城郭建築が復元されるのでしょうか。調査や研究の成果が形になり、現地でその姿を見られることを楽しみにしています。新たな復元建築の知らせを聞くたびに、次はどこを訪ねようかと、子供のようにワクワクしています。


まとめ|復元の根拠を知ると城旅はもっと面白い
再建された天守には、それぞれ異なる史料の裏付けと再建の経緯があります。古写真や絵図・図面と現在の外観を照らし合わせ、建つ位置や規模にも目を向けることで、その城への理解が深まります。
本稿の復元度ランクは、外観・位置・規模を中心にした筆者独自の評価です。木造復元では、構造の再現にも注目しました。また、未訪問の建物については、公開資料に基づいて区分しています。
再建天守には、地域の歴史を伝える役割や、景観・写真撮影の魅力もあります。訪ねたときは、「どの時代の姿を、何を根拠に再現しているのか」にも目を向けてみてください。天守に加え、御殿や門、櫓まで見学の視野を広げると、城めぐりがさらに面白くなると思います。
「主な参考資料」
本文の再建・改修・復元の経緯については、次の公開資料を参考にしました。復元度のランクや外観に対する評価は、これらの資料と現地での観察をもとにした筆者独自の見解です。
– 大洲市「大洲城」
古写真や天守雛形をもとにした木造復元について。
– 福山城博物館「天守」
天守北側の鉄板張りや最上階の窓など、2022年の外観改修について。
– 岡山シティミュージアム「ペーパークラフト 岡山城ぺぇぱぁくらふと」
焼失前と再建後の外観、2022年の改修による変更について。
– おだわらデジタルミュージアム「小田原城天守閣」
再建の根拠となった図面・模型と、展望用の廻縁・高欄について。
– 岩国市「景観重要建造物の指定」
岩国城の再建と、景観を考慮した再建位置について。
– 大阪城天守閣「大阪城天守閣90年の歴史」
1931年の復興天守建設と、設計に用いられた史料について。
– 岸和田市市制施行100周年記念誌「市民による天守再建 まちのシンボル『岸和田城』」
「岸和田城 歩き比べ」
三重三階での再建、図書館としての利用、往時の城絵図について。
– 長浜城歴史博物館「長浜城の歴史」
往時の長浜城と、市民の熱意・寄付による博物館としての再興について。
– 唐津市「唐津市の景観重要建造物」
唐津城の現在の天守の建設経緯と、景観重要建造物としての位置付けについて。
– 文化庁・文化遺産オンライン「富山市郷土博物館(富山城)」
昭和期の建築としての概要と、登録有形文化財について。
– 大垣市「墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)」
天守の形をした歴史資料館としての建設について。
– 尼崎市「尼崎城について」
天守の建設・寄付の申し出と、再建の経緯について。
– 名古屋城公式ウェブサイト「本丸御殿の復元計画」
復元の根拠、材料・工法、復元した時代について。
– 佐賀県立佐賀城本丸歴史館「佐賀城本丸御殿の復元」
発掘調査や絵図などに基づく、本丸御殿の一部復元について。
– 熊本城公式ウェブサイト「熊本城紹介」
本丸御殿大広間の復元と、震災後の公開状況について。
ウェブ資料の最終確認:2026年10月7日


