城ファンの一考察

城ファンの一考察

福岡城天守は実在したか(8)

2025年12月 発掘成果発表成果の報道と福岡市の調査報告より2025年12月になり注目された福岡城天守台の発掘成果について、マスコミ報道が出されています。要約すると「天守台内部の地中から瓦の一部などの複数の遺物が出土していたことが、市への...
城ファンの一考察

熊本城 三の天守という宇土櫓の謎 2

この記事は、前回に引き続いて、従来から様々な解釈がなされていた天守級の櫓である宇土櫓について考えてみたいと思います。今回は下記の①と②の説について述べていきます。① 宇土櫓は小西行長の宇土城天守を移築したものであるという説。② 昭和の解体修...
北陸道の城

現存最古と呼べなくなった丸岡城天守を考察する

丸岡の名前通り、福井平野の北東部に位置する独立丘に築かれた平山城です。丘の周りだけだった城域は次第に拡大され、周囲に五角形の内堀が廻らされていました。現在は、内堀は埋め立てられており、天守のある丘の真下に駐車場があります。天守は現存で重要文...
城ファンの一考察

創築時の松江城天守外観について考察

松江城について松江城の概要松江城(まつえじょう)は、島根県松江市にある平山城。別名「千鳥城」といい天守は現存で四重五階地下一階、国宝に指定されています。城跡は国の史跡に指定されており松江市観光の中心となっています。この城は、1600年の関ケ...
城ファンの一考察

福岡城天守は実在したか(7)

気になる地元の天守再建願望2025年から天守台の発掘調査が行われ、何らかの報告が市の教育委員会から出されると思います。福岡城に天守があった、なかったの論争は、われわれ城郭愛好家にとってロマンのある話題の一つになっていますが、気になることもあ...
城ファンの一考察

福岡城天守は実在したか (5)

朝鮮の役にみる倭城と福岡城今回は、福岡築城にあたり縄張り面から天守の存在に多大な影響があったと思われる、朝鮮の役の影響を考えてみます。福岡市内の寺院に移築された福岡城本丸表御門。櫓部分の2階屋根が切妻なのが、黒田藩の質実さを想起させます黒田...
城ファンの一考察

福岡城天守は実在したか(4)

幻の天守といわれた福岡城の天守閣について実在したのか様々な説を検証する
城ファンの一考察

福岡城天守は実在したか(3)

福岡城を描いた最古の絵図『福博惣絵図』1646年(正保3年)に福岡城を描いた最古の絵図『福博惣絵図』には天守は描かれていません。「天守台」と表記されています。一方で天守台に連なる石垣(小天守・中天守台)には矢倉跡との表記があります。ゆえに『...
城ファンの一考察

中津城天守は実在したか (2)

私が中津城があったに違いないと考えている理由を今回補足してみます。「天守の欄干」という具体的な文献資料の存在を考える注目したいのは、文禄2年(1593年)に亡くなった黒田家家臣の小河信章の跡を継いだ小河之行の長政あて書状です。そこには天守の...
城ファンの一考察

福岡城天守は実在したか(2)

巨大な福岡城天守台 石垣勾配が直線的で緩やかなのが特徴「天守はなかった」説から考えてみる福岡城天守がないと主張されてきた理由を、書き出してみました。1 徳川幕府への遠慮2 黒田如水(官兵衛孝高)が合理的で今後の時代に天守が不要と考えていた。...