城を訪れたとき、多くの人が最初に目を向けるのが天守です。しかし、すべての城に天守があったわけではなく、現在見られる天守にも「現存」「復元」「復興」「模擬」という違いがあります。
私はこれまで全国100以上の城を訪ね、現存天守だけではなく、木造復元天守や鉄筋コンクリート造の復興・模擬天守も見学してきました。本記事では、その現地体験を踏まえながら、天守とはどのような建物なのか、それぞれの分類にはどのような違いがあるのかを、城めぐり初心者にも分かりやすく解説します。
そもそも天守って何?
天守は、戦国時代末から近世初頭にかけて発達した城郭建築で、領主の権威や城の象徴性を示す高層建築です。また、城によっては見張りや防御、武器・物資の保管など、軍事的な役割も担っていました。
ただし、すべての城に天守が築かれたわけではなく、建てられた場所も本丸や城内の最高所とは限りません。津和野城のように、本丸より一段低い曲輪に天守台が設けられた例もあります。
城に詳しくない方は、「天守=城」と考えがちですが、天守は城を構築する建物の一つです。城郭には天守のほか、曲輪、御殿、櫓、城門、石垣、堀、土塁など、その城ならではの見どころがあります。
日本にはどれだけの城があるのか
国立歴史民俗博物館によると、日本各地の城は約4万ともいわれています。ただし、城と呼ばれる遺跡には、古代の城、中世の山城、近世の城郭など、異なる時代と性格のものが含まれます。

文献に名前だけが残る城や、正確な場所が特定されていない城もあるため、総数を確定することは困難です。
私たちが観光地で目にする天守を備えた城は、その中のごく一部です。天守を築かなかった城や、天守台だけが残る城も数多くあります。天守の有無だけでなく、石垣、堀、土塁、曲輪などにも目を向けると、城めぐりの楽しみがさらに広がります。
天守という名称
現在は一般に「天守」と表記し、「てんしゅ」と読みます。しかし戦国時代から江戸時代初期にかけては表記が統一されておらず、「天主」「殿主」「殿守」などの文字も用いられていました。
なかでも安土城の高層建築は、築城当時の呼称を踏まえて「天主」と表記されることが多く、文化庁の文化遺産オンラインでも「高層の天主」と紹介されています。

その後、城郭建築の用語として「天守」という表記が広く定着しました。本記事でも、個別の史料や城を説明する場合を除き、原則として「天守」に統一します。なお、観光案内などで使われる「天守閣」も同じ建物を指す一般的な呼び方ですが、城郭史や建築の説明では「天守」と表記するのが基本です。
現存・復元・復興・模擬天守の違い
現在見学できる天守や天守風建築は、一般に「現存天守」「復元天守」「復興天守」「模擬天守」に分けて説明されます。
ただし、この四つは建物の優劣を示す順位ではありません。いつ建てられた建物なのか、かつて天守が存在したことを示す資料があるのか、どの程度まで当時の姿が再現されているのかを理解するための呼び分けです。
また「復元」「復興」「模擬」の境界は、史料や研究者、施設の案内によって異なる場合があります。本記事では、城めぐり初心者にも分かりやすいよう、一般的に用いられている分類に沿って、それぞれの違いを説明します。
| 区 分 | 特 徴 | 代 表 例 |
| 現存天守 | 江戸時代以前に建てられ、修理や改修を受けながら現在まで残っている天守 | 姫路城・松本城・彦根城など |
| 復元天守 | かつて実在した天守を、図面・写真・発掘成果などの資料に基づいて再現したもの。木造復元と外観復元がある | 大洲城・掛川城など |
| 復興天守 | 天守の実在は確認できるものの、復元に必要な資料が十分ではないため、規模や外観に推定を加え、場合によっては一部を変更して再建したもの | 大阪城・小田原城・島原城など |
| 模擬天守 | 天守の存在が確認できない城や、もともと天守がなかった場所などに建てられた城郭風建築 | 唐津城・熱海城など |
現存天守|江戸時代までの建物が残る12城
現存天守とは、江戸時代までに築かれ、修理や改修を受けながら現在まで残っている天守です。姫路城、松本城、彦根城、備中松山城など、全国に12城あります。
ただし、築城当初の状態が全く変わらず残っているという意味ではありません。長い年月の間に大規模な修理や部材の交換が行われていますが、当時の木造建築の構造や技術を現在まで伝えていることに大きな価値があります。
実際に内部に入ると、急な階段、太い柱や梁、床板の感触、城によっては狭間や石落しなどを間近に確認できます。外観を見るだけでは分からない建物の構造を体感できることが、現存天守見学の最大の魅力だと思います。
現存12天守には、内部にエレベーターがありません。また、当時の構造を残す階段は急勾配で幅が狭いものが多く、上下すれ違いが難しい場所もあります。特に下りでは、足を踏み外したり転倒したりする危険があるため、手すりを持って一段ずつ慎重に進んでください。足腰に不安がある方は、無理をせず見学範囲を判断することも大切です。

復元天守|史料に基づいて再現された天守
復元天守とは、かつて天守が実在し、その規模、外観、構造などを示す史料に基づいて再建された天守です。復元方法には、柱や梁、内部構造まで木造で再現する「木造復元」と、外観を史料に基づいて再現し、内部を鉄筋コンクリート造などの展示施設とする「外観復元」があります。
私が訪れた大洲城は、木造復元天守を代表する城の一つです。江戸時代の絵図や天守雛形と呼ばれる木組模型、明治時代の古写真、発掘調査の成果などをもとに、2004年に四重四階の天守が木造で復元されました。
大洲城の内部では、太い柱や梁の組み方、各階をつなぐ階段、天守内部の広さなどを実際に確認できます。築造当時の建物そのものではありませんが、失われた天守の構造を立体的に体感できることが、木造復元天守の大きな魅力です。
一方、外観復元天守は、内部が現代的な資料館や展示施設になっている場合があります。訪問前に、どの資料をもとに復元されたのか、木造天守なのか外観復元なのかを調べておくと、見学の楽しみが深まります。

「私的に再建天守の復元度にランクをつけてみた」をご覧ください。
復興天守|推定を加えて再建された天守
復興天守とは、かつて天守が実在したことは確認できるものの、詳細な図面や写真など、正確な復元に必要な史料が十分に示されていないため、規模や外観に推定を加えて再建された天守です。史料から分からない部分を補ったり、内部を資料館として利用するために構造を変更した例もあります。
鉄筋コンクリート造の外観復元天守や復興天守には、エレベーターや比較的緩やかで幅のある階段が設けられている例があります。車椅子を利用する方、高齢者、足腰に不安のある方でも上層階へ移動しやすく、安全に見学しやすいことは、現存天守や内部まで木造で復元した天守にはない大きな利点です。
歴史的な建物としての価値だけでなく、より多くの人が城の歴史や最上階からの景観を体験できることも、再建天守が果たす大切な役割だと思います。ただし、エレベーターの有無や利用できる階は城によって異なるため、足腰に不安のある方や車椅子を利用する方は、訪問前に公式サイトで確認してください。
私が訪れた島原城は、復興天守の特徴が分かりやすい城です。江戸時代の島原城には五重の天守が存在しましたが、明治時代に解体され、現在の天守は1964年に鉄筋コンクリート造で再建されました。
現地では、白い五重の天守と高い石垣が組み合わさることで、島原城が大規模な城郭だったことを視覚的に感じられます。内部にはキリシタン史料や島原藩に関する資料などが展示され、最上階からは城下や周囲の景観を見渡せます。
復興天守は、築城当時の姿を完全に再現した建物ではありません。しかし、失われた城の存在を伝え、地域の歴史資料を紹介する博物館や、町の象徴として果たしている役割にも注目したいと思います。

模擬天守|歴史的な復元とは異なる城郭風建築
模擬天守とは、かつて天守が存在した確かな資料がない場所や、実在した天守とは異なる位置・規模・外観で建てられた城郭風建築を指します。ただし、模擬天守には明確に統一された定義がなく、資料や施設によって分類が異なる場合があります。
唐津城には、天守台が残っていますが、築城当時に天守が建てられたことを示す明確な証拠は確認されていません。現在の天守は、昭和41年(1966年)に文化観光施設として建てられたものです。そのため、歴史的な天守を復元した建物ではありませんが、海辺の城跡と調和した外観は美しく、展望所や郷土博物館として唐津の歴史と景観を伝える役割を担っています。
肥前名護屋城と唐津城を巡る|秀吉の巨大陣城と玄界灘を望む模擬天守
一方、熱海城は歴史上存在した城を再建したものではなく、昭和34年(1959年)に建てられた観光施設です。唐津城と熱海城はともに模擬天守と呼ばれますが、唐津城は歴史的な城跡の天守台に建てられ、熱海城は既存の城跡とは関係なく建設されたという違いがあります。
模擬天守は、史実に忠実な復元建築として評価するものではありません。しかし、地域の象徴や展望施設、博物館、観光資源として親しまれている建物もあります。どのような経緯で建てられたのかを知ったうえで、それぞれの役割や景観を楽しむことが大切だと考えています。

天守を見るときに注目したい3つのポイント
天守の分類が分かると、城を訪れたときの見方も変わってきます。ここからは、築城年代と天守の建築年代、外観と構造、天守以外の城郭遺構という三つの視点から、見学時に注目したいポイントを紹介します。
1.城の築城年代と天守の建築年代を分けて考える
城が築かれた年代と、現在見学できる天守が建てられた年代は、必ずしも同じではありません。戦国時代に築かれた城であっても、天守は江戸時代に建て直されたものや、近現代になって復元・再建されたものである場合があります。
大規模な天守が各地に普及したのは、織田信長の安土城が築かれた時代から江戸時代初期にかけてです。その後は、幕府による築城規制などによって新たな天守は建てられにくくなり、既存の天守も火災、地震、落雷、戦災、明治時代の廃城などによって多くが失われました。
城を訪れる際は、城そのものの築城年だけでなく、現在の天守がいつ、どのような経緯で建てられたものなのかを確認すると、その建物の歴史的な位置づけが分かりやすくなります。
2.屋根の重なりと外観・構造を見る
天守を表す「三重四階」や「五重六階」などの表記では、「重」は外観から分かる屋根の重なりを、「階」は内部の床の数を示します。外観と内部の構造は必ずしも一致しません。例えば犬山城天守は、外観は三重ですが、内部は四階があります。
天守の外観は、大きく「望楼型」と「層塔型」に分けられます。望楼型は、入母屋造の大きな屋根を持つ建物の上に、物見のための望楼を載せたような形が特徴です。一方の層塔型は、規則的な形の各重を上に積み重ね、上に行くほど次第に小さくなる構造です。ただし、両方の特徴を備えた天守もあり、すべてを明確に分類できるわけではありません。
外壁にも天守ごとの個性があります。白く見える部分には防火性を備えた漆喰が使われ、黒く見える部分には下見板張りなどの木板が用いられています。白と黒を組み合わせた天守も多く、「豊臣系は黒、徳川系は白」と単純に分けることはできません。
現地では正面から眺めるだけでなく、側面や背面にも回ってみると、屋根の重なり方、破風の配置、壁の仕上げなどの違いが分かります。同じ天守でも見る方向によって印象が変わることが、城郭建築の大きな魅力です。
3.天守以外の城郭遺構を見る
城は天守だけで成り立っているわけではありません。曲輪、堀、土塁、石垣、城門、櫓、御殿などを組み合わせた防御施設全体が城郭です。もともと天守が築かれなかった城や、天守を失った後も多くの遺構を残している城にも、それぞれ異なる見どころがあります。
現地を歩くときは、石垣の高さや積み方だけでなく、登城路がどこで曲がっているか、門や櫓がどの方向を守っていたか、堀や地形が敵の進路をどのように制限していたかにも注目しています。天守から視線を城全体に広げることで、その城が持っていた役割や防御の工夫が見えやすくなります。
ここでは、天守以外の遺構や復元建物が印象に残った城を紹介します。




まとめ|天守の違いを知れば城めぐりはもっと面白くなる
天守は城を象徴する建物ですが、すべての城に築かれたわけではなく、城郭全体を構成する一部分です。現在見学できる天守にも、江戸時代以前の建物が残る現存天守、史料に基づいて再現された復元天守、推定や変更を加えて再建された復興天守、歴史的な復元とは異なる模擬天守という違いがあります。
これらの分類は、天守の価値を単純に順位づけするものではありません。現存天守では当時の木造建築を体感でき、復元天守では失われた建物の姿を知ることができます。復興・模擬天守にも、博物館、展望施設、地域の象徴、観光資源として果たしてきた役割があります。
城を訪れる前に、現在の天守がいつ、どのような経緯で建てられたのかを確認しておくと、現地での見方が深まります。さらに、天守だけでなく、石垣、堀、土塁、城門、櫓、御殿、周囲の地形まで歩いて見ることで、その城ならではの歴史と魅力をより立体的に感じられると思います。
城初心者ガイドはこちらから
参考資料・公式情報
・国立歴史民俗博物館「天下統一と城」
https://archive.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/old/001003/index.html
・文化庁「史跡等における歴史的建造物の復元等に関する基準」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/92199502.html
・文化庁「犬山城跡」
https://cb.bunka.go.jp/ja/contents/6304d1c4-dfe0-46f3-9364-bb5a33cbc68c
・国宝犬山城「天守」
https://inuyamajo.jp/learn/donjon/
・大洲市「大洲城」
https://www.city.ozu.ehime.jp/site/kanko/1223.html
・島原市「島原城」
https://www.city.shimabara.lg.jp/kanko/page934.html
・唐津市「唐津城天守閣」
https://www.city.karatsu.lg.jp/page/3841.html
・熱海城公式サイト「熱海城について」
https://atamijyo.com/about
・佐賀県立佐賀城本丸歴史館
https://saga-museum.jp/sagajou/
・丹波篠山市「篠山城跡大書院施設情報」
https://www.city.tambasasayama.lg.jp/photo_history/2/12464.html
・鹿児島県「おうちで復元『御楼門』」
https://www.pref.kagoshima.jp/ab24/ouchimuseum.html
※各公式サイトは2026年9月29日に内容を確認しました。


