ウカリ|運営者:全国100以上の城を現地で訪ねた城旅ライター

城ファンの一考察

福岡城天守は実在したか(3)

福岡城を描いた最古の絵図『福博惣絵図』1646年(正保3年)に福岡城を描いた最古の絵図『福博惣絵図』には天守は描かれていません。「天守台」と表記されています。一方で天守台に連なる石垣(小天守・中天守台)には矢倉跡との表記があります。ゆえに『...
城ファンの一考察

中津城天守は実在したか (2)

私が中津城があったに違いないと考えている理由を今回補足してみます。「天守の欄干」という具体的な文献資料の存在を考える注目したいのは、文禄2年(1593年)に亡くなった黒田家家臣の小河信章の跡を継いだ小河之行の長政あて書状です。そこには天守の...
戦国古城の旅

豊臣兄弟ゆかりの名城を行く(2-①)      大和郡山城

2026年NHK大河ドラマの主人公、豊臣秀長の城です。
城ファンの一考察

福岡城天守は実在したか(2)

巨大な福岡城天守台 石垣勾配が直線的で緩やかなのが特徴「天守はなかった」説から考えてみる福岡城天守がないと主張されてきた理由を、書き出してみました。1 徳川幕府への遠慮2 黒田如水(官兵衛孝高)が合理的で今後の時代に天守が不要と考えていた。...
城ファンの一考察

福岡城天守は実在したか (1)

現在論争になっている福岡城に天守が存在したのか、城郭愛好家の考察を行います。
唐造り

小倉城唐造天守について(2)

石垣の歪み問題は層塔型天守の創始には影響が限定的だったのではないかという考察 写真は平面的に見えるのでわかりにくいと思います。石垣隅部からの建物と石垣の接合部が曲線を描いているように写っています。しかも真ん中あたり外壁が少し、石垣がはみ出し...
マニアの独り言

お城めぐりで気を付けたいこと

豊前国馬ヶ岳城遠望 黒田氏の九州領国の最初の居城
マニアの独り言

私的に再建天守の復元度にランクを付けてみた。

復元・復興・模擬天守の区分令和の現代では、藩政時代に建築され現存天守と呼ばれるものは12基しか残っていません。今、私たちが全国各地で観る多くの天守は昭和の高度経済成長期に建造されたものです。おおむね昭和30年から50年代あたりまででしょうか...
唐造り

小倉城唐造天守について(1)

小倉城の概要豊前の国小倉は九州と本州をつなぐ要地にあり中世から城が築かれていたようです。戦国期からの近世城郭への歩みは戦国大名毛利氏の築城からで、高橋鑑種、毛利勝信の時代を経て整備され、現在の規模にしたのは細川忠興とされています。関ヶ原の合...
城ファンの一考察

中津城天守は実在したか(1)

私は、昭和からの城マニアです。昭和期の城郭本は発刊も少なく、中津城も元々天守が無い城として紹介されることが多かったように記憶しています。現在の模擬天守も史実にない新造天守と批判的に書かれているのが多かったです。実際、今の天守があった場所には...