長浜城(滋賀)観光ガイド|豊臣秀吉ゆかりの出世城と琵琶湖の夕景

復興・模擬天守

長浜城は豊臣秀吉(羽柴秀吉)が初めて城持ち大名として拠点を構えた城で、江戸期に廃城とされましたが、現在は城址公園として整備され、昭和再建の三重天守が長浜城歴史資料館として利用されています。琵琶湖の湖畔にある城なので、天守の入館と琵琶湖を臨む城址散策で歴史ロマンを堪能できる城です。

長浜城を訪問する前に基本情報をまとめました。
■ 長浜城 基本情報
所在地 :滋賀県長浜市公園町
築城 :1573年(天正元年)頃 
天守 :模擬天守(1983年RC造)
見学時間 :60分
入館料 : 500円(R8年3月時点)
駐車場 :豊公園駐車場


-豊臣兄弟ゆかりの名城を行く-
※本記事は「豊臣兄弟ゆかりの名城を行く」シリーズの一遍です。
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アクセスや見どころ
入館時間:9:00~17:00(最終入館16:30)
入館料:大人500円 小中学生200円

休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌平日)、年末年始(12/27から1/2
アクセス:JR長浜駅から徒歩約5分


長浜城の見学時間は約30分~60分です。
駐車場は豊公園駐車場が最も近く徒歩3分です。
鉄道利用はJR長浜駅下車、西口駅前広場を出て直進、徒歩5分です。

長浜城は滋賀県長浜市公園町に位置し、琵琶湖畔の豊公園内にあります。現在の天守は昭和に再建された模擬天守で、内部は歴史資料館として公開されています。JR長浜駅から徒歩約5分とアクセスも良好で、観光しやすい城郭の一つです。駐車場は豊公園駐車場を利用できます。


夕刻の琵琶湖の湖畔を振り返ると、白亜の天守が静かに浮かび上がっていました。

長浜城を訪れたのは、日没間近の時間でした。
すでに、入場時間は過ぎており、天守の内部に足を踏み入れることは叶わなかった。しかし、その代わりに、思いがけない光景に出会うことになりました。

琵琶湖に沈みゆく夕陽が、城を朱に染め上げていたのです。

水面は柔らかく波打ちながら揺れ、夕陽の明かりをほのかに映します。湖国特有の穏やかな風が頬を撫で、時間が静かに溶けていくようなひとときでした。

城に入れなかった訳ではない、城が最も美しい時間を見せてくれたのです。

羽柴秀吉、初めての居城

長浜城は、1573年(天正元年)、羽柴秀吉が浅井氏滅亡後に近江今浜を与えられて築いた城です。

それまで「今浜」と呼ばれていた地名を、主君・織田信長の「長」の字を拝領して「長浜」と改めたという伝承が残っています。出世街道を駆け上がる若き武将の決意が、この改名に重ねられて語られてきています。

長浜城は、秀吉が初めて城持ち大名として本格的に拠点を構えた場所でした。
天下人への道は、ここから始まります。

そしてこの時期、常に兄を支え続けたのが弟・豊臣秀長です。秀長は兄の補佐役として軍事・政務の両面で力を尽くし、のちの豊臣政権を支える礎を築いていきます。

長浜は、まさに“豊臣兄弟の原点”と呼ぶにふさわしい城なのです。

長浜城 本丸碑
長浜城址は現在は「豊公園」として整備されています。廃城後かなりの年月が経ち、城址の地形も大きな改変があったのではないかと推定されます。写真は模擬天守からやや離れた公園内に設置された本丸跡の碑です。かつてはこのあたりに天守があったのでしょうか。

湖国の城-水運がもたらした力

長浜城は琵琶湖に近接した平城です。

湖そのものが天然の大動脈であり、物資や人の往来は水運によって活発に行われました。城下町は湖と結びつき、商業的にも発展していきます。

後年、秀吉が大坂城を築き、水都の発展を重視したことを思えば、長浜での経験は決して小さなものではなかったでしょう。

夕日に染まる湖面を眺めながら、若き日の秀吉もまた、この広大な湖水の先にある未来を思い描いていたのかもしれないと想像してしまいます。

豊公園から見た長浜城模擬天守 外観
長浜城の模擬天守。羽柴秀吉時代の天守を時代考証してイメージして望楼型の天守で表現されています。

夕陽が語るもの

琵琶湖に映る長浜城の夕日
長浜城祉の豊公園から琵琶湖を望みます。

西の空が赤く染まり、琵琶湖の彼方へ太陽がゆっくり沈んでいきます。

その赤い光を浴びた天守は、まるで歴史の幕開けを象徴するかのようでした。

のちに天下を統一することになる秀吉。その陰には、常に秀長という弟の存在がありました.

華やかな大坂城や伏見城に比べれば、長浜城は決して巨大な城郭ではありません。しかし、ここには“始まり”がありました。
原点の城
兄弟の城
出世城


湖に沈む夕陽は、静かに、しかし確かに、天下への第一歩を照らしているように見えました。

廃城と現在

長浜城は1606年(慶長十一年)頃に廃城となり、後に一国一城令によって完全にその役目を終えました。城の部材の一部は彦根城へ移築されたとも伝えられています。短命な城ではありましたが、その歴史的意義は極めて大きなものがあります。

長浜城移築 彦根城天秤櫓
写真は彦根城の天秤櫓。江戸期の「金亀山伝記」には長浜城大手門を移築したと記載されています。

現在の天守は、昭和期に再建された模擬天守ですが、琵琶湖近くに立つその姿は、往時を想起させるには十分な風格を備えています。

入場は叶わなかった… でも、夕映えの長浜城は確かに心に刻まれました。

あとがき

「豊臣兄弟ゆかりの名城を行く」シリーズにおいて、長浜城は時間軸の出発点にあたる城です。

栄華の象徴を訪ねる旅も良いのですが、原点を歩く旅には、また別の味わいがあります。

琵琶湖に沈む夕陽とともに、豊臣兄弟の歩みを思います。
長浜城は、そんな静かな余韻を残してくれる湖城でした。

長浜城・豊公園から眺める琵琶湖の夕日
長浜城跡の琵琶湖畔。夕日が沈む湖の波音に心を癒されます。

■ 夕景を訪れるなら
夕暮れ時を狙うなら、日没の30分ほど前には到着しておくのがおすすめです。天守に入館後、公園内を散策して最後に夕陽の湖面を見るのが理想です。しかし、初夏は日没時間が遅いので、天守閉館後の日没時間との時間差が大きくなります。その場合は、暑いので天守の入館は諦めて、日没時間に訪問して天守は外観のみ鑑賞の選択肢もあると思います。

長浜城 天守 夕景 滋賀県
JR長浜駅を下車し駅前広場に出ると、大通りを隔てて間近に長浜城模擬天守を眺めることができます。

訪問まとめ
長浜城は、豊臣秀吉の出世城であり、琵琶湖のほとりに聳える天守は旅情を誘います。
JR長浜城からのアクセスも良く、旅の時間の余裕があまりない方にもおすすめできる名城です。

この記事を書いた人
ウカリ(天守探訪記運営者)

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