津和野の城下町から山を見上げると、山上に残る石垣がよく見えます。麓から見えていた石垣を目指して観光リフトを降り、木立の道を歩くと、今度は高石垣が目の前に現れました。山上から見下ろす津和野の町並みも、この城の大きな見どころです。
今回は、実際に歩いた道順に沿って、登城路、高石垣、本丸より低い位置に残る天守台、そして山麓の馬場先櫓を写真とともに紹介します。リフトを利用しても城跡までは歩くため、初めて訪れる方に向けての道の様子もお伝えします。
津和野城跡は初心者でも楽しめる?
観光リフトを使えば、山歩きに慣れていない方も山上の石垣を訪ねやすくなります。ただし、リフトを降りてすぐに本丸に着くわけではありません。木立の中の道や階段を歩くので、足元が滑りにくい靴で向かうと安心です。
道を進むにつれて石垣が現れ、山上では津和野の城下町を見渡せます。麓から見上げた石垣を間近に見て、今度は城から町を見下ろす。この眺めの変化も、津和野城を歩く楽しみです。
津和野城跡の基本情報
津和野城は、島根県津和野町の霊亀山(標高362メートル)に築かれた山城です。1295年に吉見頼行が築城を始め、子の頼直の代、1324年に完成しました。「三本松城」という別名もあります。
江戸時代初期には、坂崎直盛が高石垣を備えた城へ大きく改修しました。その後は亀井氏の居城となり、明治まで使われます。
かつての三重天守は1686年に落雷で焼失し、再建されませんでした。現在は山上の石垣や天守台から、往時の城の姿をたどることができます。
観光リフトと登城の基本情報
| 項目 | 内容 |
| リフト乗り場 | 島根県鹿足軍津和野町後田イ477 |
| アクセス | JR津和野駅から車で5分 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| 運行時間 | 9:00~16:30(下り最終16:20) |
| 料金 | 中学生以上 片道400円/往復700円 小学生以下 片道300円/往復500円 |
| リフトの所要時間 | 片道約5分 |
| リフト降り場から本丸 | 徒歩約20分 |
| 冬季の休業 | 12月~2月の平日。ただし1月1日~3日は運行 |
※料金・運行時間は2026年9月確認。点検による運休もあるため、訪問前に津和野町観光協会のリフト案内と運行情報をご確認ください。

観光リフトを降りてから本丸へ
観光リフトを降りると、津和野の城下町を見下ろせます。ここからは木立の中の山道を歩いて本丸へ向かいます。道を進むと、石段の先に石垣が見えてきます。

リフト降り場から本丸までは徒歩約20分が目安です。足元に気をつけながら、写真を撮る時間にも余裕を持って歩きたいところです。

私が訪れた日は、登城路は写真のように整備され、歩きやすい状態でした。ただし、坂道や石段もあり、雨天時や雨上がりは滑りやすくなることも考えられます。歩きやすく滑りにくい靴での登城をおすすめします。

山上に連なる壮大な高石垣群
石段を上がると、山上に築かれた石垣群が次々と姿を現します。山上には建物は残っていませんが、曲輪を囲む石垣が幾重にも連なる光景から、かつての津和野城の規模を感じられます。

現在見られる高石垣は、1601年に津和野藩主となった坂崎直盛が、津和野城を近世城郭へ大改修した際に整えたものが基礎になっています。坂崎氏の改易後は、亀井氏が城を維持しながら明治まで使用しました。
石垣は山の地形に沿って折れ曲がり、下から見上げる場所とでは、全く違った姿を見せます。建物が失われた現在も、この高石垣こそ津和野城最大の見どころだと感じました。

本丸最高所より一段低い場所に残る天守台
石垣群を進むと、本丸の最高所にあたる三十間台より一段低い場所に天守台が現れます。天守は城内で最も高い場所にあると思いがちですが、津和野城では天守台のさらに上に本丸の曲輪が広がっています。

坂崎直盛による大改修を経た津和野城には、かつて三重天守がそびえていました。しかし、貞享3年(1686年)に落雷で焼失し、その後は再建されていません。

実際の天守台に立つと、その上方に本丸の石垣が見え、独特の高低差を実感できます。建物が失われた現在だからこそ、天守台と本丸の位置関係を確かめながら歩くのも、津和野城跡探訪の面白さだと感じました。
考察|なぜ天守台は本丸最高所より一段低い場所に築かれたのか
津和野城の主郭部を歩いていて、ひとつ疑問に感じたことがあります。城内の最高所は本丸の三十間台ですが、天守台はそこではなく、一段低い場所に築かれています。なぜ、あえてこの位置が選ばれたのでしょうか。
その理由を明記した資料は確認できていないため、ここからは現地で縄張を見たうえでの私なりの考察です。
まず、津和野城は山上に築かれた城であり、三十間台からは城下を広く見渡せます。遠方を監視するという役割だけを考えれば、必ずしも最高所に天守を置く必要はなかったのかもしれません。また、三十間台は細長い形をしており、ここに天守を置けば、限られた平場がさらに狭くなってしまいます。
一方、現在の天守台は本丸や二の丸などが連なる主郭部の中央に近く、本丸へ至る登城経路にも面しています。東門や櫓門を突破した敵は、曲がりくねった道を進み、天守台の腰曲輪付近を通らなけらばなりません。ここに天守が建っていれば、周囲の曲輪や登城路を見下ろし、侵入してきた敵を監視・攻撃しやすかったのではないでしょうか。
さらに、登城してくる者にとっては、最高所に遠く見える天守よりも、進路の近くにそびえる天守の方が大きく、威圧的に感じられた可能性もあります。
こうして考えると、津和野城の天守台は、最高所に築けなかったのではなく、限られた山上の平場を有効に使いながら、主郭部と登城経路を押さえるため、意図的にこの位置が選ばれたのではないか--私は現地を歩いて、そのように感じました。

本丸・三十間台から望む津和野の城下町
天守台からさらに登ると、場内最高所にあたる本丸の三十間台へ着きます。眼下には、山々に囲まれた谷あいに津和野の町並みが広がり、その中を流れる津和野川まで見渡せます。

麓の城下町から見上げたときには、山上の石垣が比較的近くに見えました。今度は反対に、城跡から町を見下ろすことになります。津和野城が城下町のすぐ背後にそびえる山城であることを、ここで改めて実感しました。
リフト乗り場からも町を眺められますが、本丸からは石垣と城下町、周囲の山並みまで一つの風景として楽しめます。山道を歩いてきた疲れも忘れさせてくれる、津和野城跡を代表する眺望です。

山麓に残る現存建築・馬場先櫓
津和野城を下りた後は、津和野川に架かる御幸橋のたもとに建つ馬場先櫓を訪ねました。江戸時代、津和野藩主の亀井氏は山麓に藩邸を構えており、馬場先櫓はその表門付近を守る櫓でした。

山上の城郭建築は失われていますが、山麓には藩邸に関係する馬場先櫓と物見櫓の二棟が残っています。
そのうち馬場先櫓は、藩政時代から同じ場所に残る貴重な建物です。

大規模な石垣が連なる山上とは対照的に、川沿いにたたずむ櫓からは城下町らしい落ち着いた風情が感じられます。山上の城跡だけでなく、山麓の馬場先櫓まで訪ねることで、津和野城と城下町のつながりが、より分かりやすくなりました。
まとめ|津和野城跡は山城初心者にもおすすめ
津和野城跡は、観光リフトを利用して山上近くまで登れるため、本格的な山城の遺構を比較的訪ねやすい城跡です。山上に建物は残っていませんが、幾重にも連なる高石垣や、本丸最高所より一段低い場所に築かれた天守台から、かつての城の規模を実感できます。
本丸から見下ろす津和野の町並みも登城したからこそ出会える景色です。麓から山上の石垣を見上げ、今度は城跡から城下町を見下ろすことで、津和野城と町の近さがよく分かりました。下山後に馬場先櫓まで訪ねれば、山上の城郭と山麓の藩邸をあわせて楽しめます。
ただし、リフト降り場から本丸までは徒歩約20分かかり、途中には坂道や石段もあります。歩きやすく滑りにくい靴を用意し、リフトの運行終了時刻にも注意して、時間に余裕を持って訪ねてください。
「山上に興味はあるけれど、長時間の登山には不安がある」という方にも、津和野城跡は山城の魅力を十分に味わえる一城だと思います。
参考資料・公式サイト
津和野町日本遺産センター「【城跡と石垣の記録】津和野城址へ登ろう―リフトと徒歩、2つのルートを比べてみた」
津和野町日本遺産センター「殿様も歩いた(?)三本松城への道」
※観光リフトの料金・運行時間や登城路の通行状況は変更される場合があります。訪問前に津和野町観光協会の公式情報をご確認ください。

